職人・大橋保隆さんに訊く鎚起銅器の美

伝統芸能や郷土料理など、その土地土地に独自の文化や芸術が根付いている新潟県。世界に誇るものづくりの街、燕市には鎚起銅器(ついきどうき)と呼ばれる伝統工芸品がある。その歴史や制作のことについて、職人の大橋保隆さんに話を訊いた。

―――まず、鎚起銅器とはどのような工芸品か教えてください。

1枚の平らな銅板を切り出して、鎚 (つち) で打ち延ばして形を作る銅器です。銅は火にかけると柔らかくなり、叩くと硬くなる性質があります。銅板を火にかけ、さまざまな形・角度をした“当て金”というベースを銅板の下に置いて、適した鎚を選んで、カンカンカンと叩いて……と作業を繰り返して銅板を曲げていくことで、コップや鍋、湯沸かしなどを形成していくんです。作業工程自体はシンプルですが、何十種類もの当て金や鎚を使い分けていろんな形を生み出すので、そこが腕の見せ所ですね。例えば湯沸かしをひとつ作るのに、当て金は20種、鎚は15種ぐらいを使い分けます。

―――では、作品を1つ作り上げるのにはどれくらいの時間がかかるのですか?

大きさによりますが、たとえばコップなら1日半、湯沸かしだと1週間ぐらいでしょうか。1つずつ作っていくので、同時進行でたくさん作るということができません。決まった型があるわけではなく、すべて手作業のため時間がかかりますね。金鎚の跡と、銅の光沢感の美しさが特徴です。

―――なぜ鎚起銅器は燕三条で広まったのでしょうか?

この近くに弥彦山という山があるのですが、その海側では昔から良質な銅が採れました。そして200年ほど前に仙台の方から鎚起銅器の技術が伝わって始まり、この地域に根付いたといわれています。今燕市にいる職人はわずか35人ほど。昔は、私の工房の前の通りもたくさんの職人で賑わっていたのですが、今はかなり減りましたね。ちなみに、鎚起銅器とは燕市で作られた工芸を指す名称で、ほかの地域で作られたものは違う名前で呼ばれるんですよ。

―――大橋さんが鎚起銅器に出合ったのはいつですか?

すぐ近くに「玉川堂」という鎚起銅器の老舗企業があるのですが、親戚の家業なんです。私の父も鎚起銅器職人で、そこが仕事場だったので、学生時代は夏休みや冬休みによく遊びに行っていましたね。ですが、私は幼い頃からずっと鎚起銅器の世界を目指していたというわけではありません。いとこなど同世代の身内は18歳になると職人の道へ進んでいきましたが、私が始めたのは22歳から。それまではいろいろなアルバイトをして社会経験を積んでいました。一時はワインのぶどうを栽培する仕事に就こうかと考えたこともありましたね。

―――まったく違う業界への憧れを抱いた時期もありながら、最終的に鎚起銅器職人を志したのはなぜですか?

いろいろな仕事を経験した上で、昔から見ていた父の仕事の素晴らしさを改めて理解したという感じでしょうか。多くの場合、“ものを作ること”と“生活”は別物として切り離されていますが、鎚起銅器職人はその2つが近い。そこに魅力を感じました。私も玉川堂で10年修行したのですが、少し上の世代の職人はもっと早い段階で修行に入り、修行にかけてきた時間も厳しさも桁違いでした。なので、先輩方に近づけるように一生懸命に仕事しましたね。当時お世話になった方々はもうほとんど引退してしまっていて、直接指導を受けることは少ないので、あとは自分たちで精進するのみです。

―――若い世代の職人さんも育っているのでしょうか?

はい、鎚起銅器の職人は実は若い方が比較的多いのが特徴なんです。職人の半数が20〜30代。私が修行していた頃は女性はいなかったのですが、今は男女比も同じぐらいになりました。私も若い世代に刺激を受けていますよ。

 

―――鎚起銅器の“もの”としての魅力を教えてください。

鎚起銅器は最初は均一の茶色なのですが、使っているうちにだんだん色が成長し、変化していきます。それがおもしろさの一つだと思います。銅は熱伝導率が高いのでお湯が沸くのが早かったり、軽いので扱いやすかったりと、かなり実用的でもある。お年を召した方が鎚起銅器に買い換えたという話もよく聞きます。

―――大橋さんはどんな人に鎚起銅器を使ってほしいと思いますか?

毎回1枚の銅から作っていくので、定番の決まった形がないんです。なので、お客様の生活に合うように、要望に沿った形に作れるのが職人の力だと思います。生活にこだわりを持っている方に直接オーダーいただいたり、お店で手にとったりしてもらえると嬉しいですね。また、鎚起銅器に触れてもらうために、銅鍋作りの体験会などを開催しています。職人が作る高価なものという印象から、もっと身近に感じてもらえたらいいなと思っています。新潟各地で開催しているので、ぜひタイミングが合えば参加してみてください。

 

――――貴重なお話をどうもありがとうございました!

 

Photography = Takehiro Goto

※掲載の情報は2022年6月現在のものです

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